シアスター・ゲイツ:文化と創造行為を遺産とすること no.2

Author中西園子 / Sonoko Nakanishi
Category Art
前回に引き続き、共同体の遺産をめぐるシアスター・ゲイツの仕事を紹介する。後半では、特にコミュニティ再生の仕事にフォーカスする。

文中で紹介している各プロジェクトのイメージのいくつかは、アーティストのウェブサイトにてご覧いただけます。

シカゴ出身のアーティスト、シアスター・ゲイツが、2010年代に広く注目されるきっかけの一つとなったのが、ドーチェスター・プロジェクト(Dorchester Projects)として知られることになる、シカゴのサウス・サイドの共同体再生の仕事だ。このエリアは元はヨーロッパ系移民の多く住む場所だったが、19世紀末から20世紀前半にかけて南部から移動した黒人住民が定住することで、徐々に黒人が人口の大部分を占めるようになると、地域への投資は減り、治安は悪化していった。特に2008年のリーマン・ショックはこのエリアの貧困化に追い討ちをかけ、多くの住民が退去を余儀なくされた結果、ますます空き家や空き地が目立つようになった。

2006年、ゲイツは、サウス・サイドの中でも最も貧しいエリアの一つ、グレイター・グランド・クロッシングのドーチェスター通りに元キャンディ店の平家を、2年後には隣の空き家を購入、これらの建物を改修し、食べ物の提供やDJイベントを通して近隣の人々の集まる場所とした。これらは、やがて閉店した地元のレコード店から引き取ったレコード・コレクションや、閉店したアート系書店から引き取った建築やデザイン関連の書籍を保管・活用する《Listening House》、《Archive House》となる。その後、2012年に購入した空き家は、映像作品のスクリーニングを行う《Black Cinema House》としてオープンした。ローカルの文化を密かに支えつつ、最後は誰の目にも触れることなく廃棄されていたであろ小さなコレクションが、丁寧に修理された「家」の中に収められることで蘇り、共同体の歴史を語り始める。

ドーチェスター・プロジェクトの中でも最も大規模なものが、2015年に完成した《Stony Island Arts Bank》だ。元となった禁酒法時代の銀行の建物は、1980年代に閉鎖された後打ち捨てられたままになっていた。ゲイツの共同体再生の事業に賛同したシカゴ市から彼がこの建物を1ドルで買い取った時、その地下は浸水し、大規模な改修が必要な状態だった。そこでゲイツは、建物に使われていた大理石の一部を切り出し、銀行債権を模したオブジェを100点制作し、販売することによってこの費用を捻出した。3年後にアーツ・センターとして開館したこの建物には展覧会やパフォーマンス、イベントのためのスペースやカフェが作られ、アートを楽しむ人々や近隣の住人が集まることのできる場所としてデザインされている。

そしてここにもまた、特色あるコレクションが複数収められている。シカゴ大学の美術史学部から引き取った6万枚の資料スライド、第二次世界大戦後のアフリカ系アメリカ人向けの『Ebony』と『Jet』という雑誌を編集していたジョンソン・パブリッシング・カンパニーのアーカイヴ、ハウス・ミュージックの父と呼ばれるのシカゴの伝説的DJフランキー・ナックルズのレコード・コレクション、そしてアメリカ各地から集められた「ニグロビリア」と呼ばれる黒人の人種的ステレオタイプを強調した工芸品4千点のコレクションだ。ドーチェスター・プロジェクトの他のコレクションと同様に、これらのほとんどが、特定の目的のもとに収集されたものではなく、ただ眠っていたり、引き受ける主体がいないためにゲイツが引き取ることになったものだ。

ゲイツにとって、こうした埋もれたり失われつつある黒人文化のコレクションに場所を与え、人々の目に見えるようにすることはとても重要なことだ。ストーニー・アイランド・アーツ・バンク の荘厳な外観、その内部の床から天井まで伸びる巨大な書棚、あるいはそこに設置された重厚な家具の視覚的な効果は決して瑣末なものではないことをゲイツは知っている。コレクションに権威を与えることで、ストーニー・アイランド・アーツ・バンクもまた、西洋における制度システムを流用していることは間違いない。しかし、そのコレクションは、伝統的に権力による他者の知的支配という側面の強かった博物館、美術館によるコレクションとは異なり、収集される対象が自ら収集の主体であるようなコレクションだ。エドワード・J・ウィリアムズという一個人が、黒人に対する侮蔑的な表現を社会から取り除くことを目的に収集したニグロビリアのコレクションは、このことをよく表している。ここでは、彼の収集行為とその動機こそが語り継がれるべき遺産に相応しいものなのだ。

ドーチェスター・プロジェクトを構成する建物が単なる箱物やイベントスペースではないのは、そこで、建物やコレクションといった物理的なものを通して、共同体の文化や創造行為を支えてきた人々の活動が語られているからだ。そしてその目的は、地域の人々がそうした先人の活動に誇りを持ち、自身もそこに連なっていると感じることができるようにすることに他ならない。文化や創造行為の継承とはそのように進行するのであり、個人のアーティストの成功だけでは達成できないということをシアスター・ゲイツは誰よりもよく理解している。



作家プロフィール

シアスター・ゲイツ Theaster Gates

1973年、シカゴ生まれ。アイオワ州立大学、ケープタウン大学などで都市計画、陶芸、宗教学の学位を取得。陶芸、パフォーマンス、インスタレーションなどの仕事とともに、2006年以降取り組む地元シカゴのサウス・サイドの一角の再開発《ドーチェスター・プロジェクツ》をはじめ、芸術文化を中心にしたコミュニティ再生プロジェクトで知られる。作家としては、近年、ホワイトチャペル・ギャラリー(2021年、ロンドン)、パレ・ド・トーキョー(2020年、パリ)、ウォーカー・アート・センター(2019年、ミネアポリス)等で個展を開催、またドクメンタ13(2012年)や第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ(2015年)といった国際展で紹介されている。現在、シカゴのスタジオを拠点に活動。

https://www.theastergates.com/

Author

中西園子 / Sonoko Nakanishi

1981年生まれ。京都大学文学研究科(美学美術史学)修了。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにてMFA(キュレーティング)取得。愛知県美術館学芸員を経て、現在ロンドンを拠点にフリーランスのキュレーターとして活動。キュレトリアル・プロジェクトに『ピル&ガリア・コレクティヴ:(不)可視のプロパガンダ』(2019年、ホスピテイル・プロジェクト)、翻訳にイヴ・ミショー『現代アートの危機』(島本浣との共訳/2019年、三元社)がある。