“scent” in archipelago

Author池邉祥子 / Shoko Ikebe
Category Food

「曖昧な記憶」洋梨をベースにした一品。5種類のハーブに柑橘のドレッシング、唐松パウダー、ソースは豆乳で作ったヨーグルトに、ヒノキのオイル。繊細な香りの層。どこかで出会った記憶の中の香りが走馬灯のように流れていく。



2021年10月末にarchipelagoにて開催されたneutral 北嶋さんよる食のイベント。
霧も深まる丹波篠山の美しい季節に、scent 香りをテーマにした5つのお料理とセミオーダーのオリジナルのドリンクで特別な時間をご体感いただきました。
その一部をアーティストの八木夕菜さんのお写真と共にお届けします。

「世界」枯葉の中に静かに存在する栗や銀杏、里芋などの秋の実り



北嶋さんの特徴は開催する場所のリサーチの深さのように思います。今回のイベントでもお食事の前には小さな講座のようにコンセプトやその背景を丁寧にお話して下さいました。
「世界」と名付けられた一品。パリパリとした金時草と葉唐辛子、白菜の下には丹波篠山の秋の実り、素揚げされた栗や銀杏、里芋をソテーした丹波しめじとほうれんが顔をのぞかせます。
食べるごとにふわっと立ち上がる秋の実りの香りと葉っぱの音、食感は枯葉道を歩いているような感覚にもなります。半分ほど食べたら残りは精進出汁をかけてまた変化した味わいと舌触りを楽しみます。

精進出汁をベースに、洋梨の皮や、ほうれん草の根、きのこの石突など、今回の料理で使用した食材の端材を使用。



北嶋さんのリサーチという特徴が強く表れていたのが笹につつまれたおにぎり「篠山のこと」。
イベントで各自に配られるメニューには作品名と共に簡単な説明が記されています。「篠山のこと」のコメントを下記に抜粋します。

篠山は笹山であり、サ神様(註1)と重ねた神聖な場所です。
生と死、内と外を区切る守護神によって守られたこの土地に見えない思いをなぞらえてみました

篠山の由来の1つでもある笹山、笹の葉で包まれたおにぎり。シンプルな一品ですが篠山の歴史や古語「さ」との関係、知らなかったおむすびの神聖な歴史(註2)のお話を聞きながらいただきます。
またこのお米はarchipelagoの小菅さん、上林さんご夫婦が篠山の友人たちと共同で作っているお米を使わせていただきました。作り手の顔が見える嬉しい瞬間でもあります。

笹の香りと共に味わう蒸したての「篠山のこと」



最後はブランドの新作と連動したデセールです。
新作は川端康成の随筆「水晶の数珠」とその中に出てくる清少納言の「あてなるもの」(現代語で美しいもの、上品なものの意)をベースを生み出された静かな光を感じる新作たち。

「あてなるもの」 エルダーフラワーが香る水餅に葛で溶いた暖かなジンジャーリリーの酵素シロップをかけていただく



二人の作家の随筆の一節には特に光や透明感を眼で読む感覚がありました。それは単純な読むという行為を越えて、眼から文字の一文字一文字が光の粒のように身体にゆっくりと入り、心が整い、静かな力をもらうような感覚。これは偶然に文字という媒体を通して得た感覚でしたが、衣服を纏う・装うということでも可能なように感じました。
この話を北嶋さんに伝えた所、光や透明な存在を食べるような美しい作品を作って下さいました。

コースでの食事はここまででしたが最後にもう1品、オリジナルのドリンクを最後にふるまっていただきます。
ドリンクを片手に新作や定番のお洋服を楽しんでいただく時間に。

テキスタイルに合わせたオリジナルのドリンクたち



TALK TO MEではライフワークとして古布から現代の生地まで、素材の収集を行っています。
今まで収集した幾つかを北嶋さんに送り、4種類の生地をインスピレーションにドリンクを作っていただきました。

江戸後期の苧麻や旅先で見つけたレース、現代の生地まで様々



どの生地も思い出深いもので、初めて手紬に興味をもったインドの空気のようなウールストール、18世紀の古渡の更紗、藍染めの苧麻、スペインで出会った上質なレース。
これらの生地にどのようなドリンクが結びついたかというと、例えばインドのウールストールの場合、和梨と雲南古樹白茶に菊花のオイルを数滴。
スペインのレースは林檎とローズヒップティー、バラオイルという具合。
どれも今まで味わったことのない感覚の飲み物でお茶でもなくジュースでもない、それぞれの存在の中間的な存在の飲み物で北嶋さんの屋号でもあるneutralを体現しているよう。

北嶋さんのお料理は食材や作られる過程のお話を含め心と体が整う時間のように思いました。
また精進料理をベースにしながらも現代の精進の在り方を模索する姿勢は既にあるものに捉われず自由に美しさを追い求めているように見えます。
そして今回、常設でもお洋服をご紹介いただいているarchipelagoという空間で開催出来たことも大変嬉しいことでした。
決して行きやすい場所ではありませんが、行くまでの道のりから少しずつ心身がリセットされる感覚があり、篠山の美しい自然とarchipelagoという大らかな空間、そして食事で心に残る時間になっていただけたなら幸いです。

今後もTALK TO MEでは食にまつわるイベントを不定期に開催していきます。
また皆さまとご一緒させていただけることを楽しみにしています。



註1:古語では「さ」とは耕作を意味します。「さ」とは山の神であり、春になると里に降りてきて田の神・稲霊となります。それゆえに桜とは、「さ」の神が降りる坐=鞍(くら)の意から「さ・くら」となり、稲の苗が早苗=さ・なえなのも、苗を植える女性が早乙女=さ・おとめなのも、田の神・稲霊=「サ神」から来ています。旧暦五月の頃は稲作にいそしむ月であるから「サ月」と名づけられました。篠山の名前の由来には、笹がたくさん生い茂っていた笹山に城を築いたことと、神聖な意味を持つこのサ神信仰が深く関係していると言われています。

註2:おむすびは、右手(身ミ・物質のこと)と左手(霊ヒ・霊的なもの)を結んで作ります。また米(天照大神)、水(月読命)、塩(素戔嗚)は、それぞれ三騎士が司る最も重要なもので、それらの霊力を人の手によって結んだとても神聖な食べ物です。

Author

池邉祥子 / Shoko Ikebe