going out no.2 with Fang 後編

AuthorTALK TO ME , 高石宏輔 / Hirosuke Takaishi
Category going out
日が傾き、少しずつ光が室内にまで伸びてきました。前回に続いて、芳さんにTALK TO MEのお洋服から思い浮かんだ本を紹介していただきます。

(以下F) 3冊目は、ハン・ガンの『すべての白いものたちの』です。これは1ページ目からこんな書き出しで始まります。「白いものについて書こうと決めた。春。そのとき私が最初にやったのは、目録を作ることだった。おくるみ、うぶぎ、しお、ゆき、こおり・・・」いろんな白いものが並べられているのですが、読んでいるだけなのに手触りを感じるような文章です。

読み進めていくと後半で分かってきますが、これは作者が生まれる前に亡くなってしまったお姉さんについて語る物語です。
特に心を打たれたのが「産着」という章です。母親が妊娠7ヶ月の時に突然陣痛が来るのですが、当時は父親の仕事の都合で田舎に引っ越していて、移動手段も近くに病院もない状態で、家の中でやむを得ず産んだのです。7ヶ月ですから、今だったら救急搬送されて保育器に入るような状態ですよね。そのような医療環境も当然のことながら望めず、赤ちゃんは2時間しか生きられなかったのです。
そんな中でも、お母さんが裁縫箱から糸と針、布を取り出して、陣痛の合間に産着を縫う、というシーンが書かれていました。もし私がそういう場にいたら、なにで生まれてきた子を包むだろうと思った時に……TALK TO MEのお洋服で優しく包むだろうな、と思ったんです。ちょうど最初に購入させていただいたシルクのブラウスで。

インド手紬手織りのシルクブラウス。ご自宅から持ってきてくださる。



池邉(以下I)  これはもう、きっとぴったり、赤ちゃんも喜びますね。ずっとふわふわして……気持ちがいいし。おくるみや布がなければ、私もこのお洋服で包みたいと思います。

F  読んでいてすぐにパッとこのお洋服に繋がりました。物語自体は悲しいですが、美しい本です。韓国語から日本語に翻訳されているので、どこまで本来の句読点の感覚や気持ちが伝わっているか分かりかねるのですが、ぜひ読んでいただきたいと思いました。
韓国語では白を表す言葉がたくさんあります。真っ白の「ハヤン(하얀)」は感情の入らない白で、「ヒン(흰)」は生と死の両方を帯びた白で……というのが後半で分かってくるのですが、白の豊かさを感じました。また、この本はワルシャワと韓国を拠点に書かれていて、真冬のワルシャワの白さも取り入れながら書かれています。

I  最近、ハン・ガンさんの最新の随筆を読んでいて、韓国で有名な虐殺をテーマにした小説を書いた時のことがかなり書いてあって。ものすごく大変な苦しい資料を全部自分で実際に受けとめて、そして朝書くために自分の体を整え、書くために誠実に生きている彼女の日常のことがわかる内容で、すごく心を打たれました。
彼女は本当に、とても痛むような資料を全部飲み込んでから、ちゃんと届く形で書き出してくださっていますよね。悲しいのに美しく。シャーマンっぽいというか、一旦全てを自分の中に落として、然るべき形でその痛みや美しさを伝えるというのが、普通の小説家とは少し違う感覚があります。

また、芳さんがコートを購入してくださった時に、「お洋服に抱きしめられているよう」と仰ってくださったことをずっと覚えています……それは本当に、私が洋服を生み出す時に思っている気持ちそのままです。それをダイレクトに言葉にしてくださる方は、私自身の深いところを受け取ってくださっている方だと思っていて、とても嬉しかったです。

F  実際にそう思わせる力が宿っているお洋服ですから。あの時、コートと別に購入させていただいたブラウスも、素材から選ばせていただいて。池邉さんからも、その素材が私にとって一番いいと言っていただいて、すごく嬉しかったのを覚えています。

I  あれはなかなか市場に出回らないような素材なので、お届けできてよかったです。

F  ありがとうございます。本当に生涯を共にするお洋服ですよね。妊娠中でお腹が大きくなり始めていますけど、今着ているお洋服も、 少し調整するだけで着られるというのは、改めてすごいなと思います。

I  大切に着てくださって嬉しいです。また頑張って作ろうと思います。


F  4冊目は最後になりますが、写真集です。『ON READING 読む時間』という、ハンガリー出身の写真家アンドレ・ケルテスの本で、1894年から1985年までご存命だった方です。彼は生涯を通じて、色んな時代・色んな場所で人々が本を読んでいる瞬間を撮り続けたのですが、その写真をまとめた写真集です。
見ているだけで、この人たちはなんて豊かな時間を過ごしているのだろうと思います。冒頭に谷川俊太郎のこんな言葉があります。

いまこの瞬間この地球という星の上で
いったい何人の女や男や子どもや老人が
紙の上の文字を読んでいるのだろう
右から左へ左から右へ上から下へ(ときに斜めに)
似ても似つかないさまざまな形の文字を
窓辺で木陰で病床でカフェで図書館で
なんて不思議…あなたは思わず微笑みます



『読む時間』アンドレ・ケルテス
巻頭詩 谷川俊太郎 一部抜粋



思わず引き込まれてしまいます。路上で本を読んでいる男性の隣に牛がいる写真があります。その人はカメラにも牛にも全く気づいていない。こんなちょっと笑ってしまうような瞬間もあって。

本当にいい瞬間を切り取ってますね。この子供たちの写真は1930年代前半くらいでしょうか。小さな子供たちが3人、肩を並べてキュッとして本を読んでいる。こちらの方は露天で何かを売りながら読んでいる。彼らも外でこんな寒そうな時期なのに、カメラに気づいていないくらい夢中で。

どの時代も、世界中のどの場所でも、人は本を読んでいる。ここで営業していると、皆さんが本を読んでいる姿を見ていて、本当に美しいなと思うのです。後ろ姿、本と光の角度、全部綺麗で。

学術書、小説、漫画から、納豆の本までありました。



いつもはどんな感じで営業されていますか?

90分制で、1回につき6名様までお入りいただけます。たくさんの方に来ていただきたいので、一日に続けて2回分の予約を取ることはご遠慮いただいています。1杯の珈琲をお供に、本棚から好きな本を手に取りその時間を過ごされます。公共図書館とはまた違う静寂さが漂う空気があります。

本のおすすめを聞かれることはありますか?

何かありますか、と質問いただけたらお勧めしますが、皆さんまず端から端まで眺められて、必ず何か1冊と目が合うようです。おすすめを私に聞くまでもないかもしれません。

毎回来て思いますが、書籍のセレクト、絶妙なバランスになっていますね。



I  今日はありがとうございました。本当に楽しい時間でした。

F  こちらこそありがとうございました。最初の2冊を紹介し終わるまで、全力で100メートル走をしているような気持ちでした(笑)。

I  緊張されましたか?

F  していました。なかなかこんなことないですから。やっとお散歩くらいのペースで話せている気がします(笑)。よかった、呼吸をちゃんとしながら話せた方がいいですよね。ありがとうございます。



鈍考 / 喫茶芳
予約制の私設図書館、喫茶。
現在はお休み中ですが、来春から再開予定。

京都府京都市左京区上高野掃部林町4-9 ( GoogleMap )

Instagram:@donkou_kissa.fang
BACH 京都分室 鈍考 donkou/喫茶 芳

Author

TALK TO ME , 高石宏輔 / Hirosuke Takaishi