二重シャツについて

Author池邉祥子 / Shoko Ikebe
Category essay

アトリエの製図用紙



ブランドを初めて初期の頃に生み出した二重シャツ。

「たおやかで凛として美しい女性」というイメージに形を与えるとしたらどういったものになるのか、という所からデザインがスタートした。
特定の女性からではなく抽象的な気配を手探りに形を考えていった一着だ。
女性の身体の柔らかさを引き出すために薄手の生地を二重にし、空気を含む構造にしたことで独特のなめらかなしわが現れる。
最も特徴的な部分は首に沿うように少し立ち上がった襟だろう。
シャツを着ることがほとんどなかった私がブランドのアイコンになる形を生み出せたことは嬉しく、特別な1着になっている。
沢山着用するお洋服ではないけれど、羽織って打掛ボタンを留める時間は心身が整う佇まいがあって、それは小さな儀式のようでただ着ることを越えた感覚がある。
着用すると背筋が伸びるのに素材の柔らかさからか包まれるような優しさがあるのも気に入っていた。
私は他のお洋服のデザインでも対局にあるものを1つにまとめていくことを好む傾向があり、この二重シャツはその初期の作品のように思う。


7年ほど作り続ける中で生地も3度変更している



生地は国内でも織ることが難しい120番手という細い糸で織られた生地を使っているけれど今回は縫製について記したいと思う。
難しい生地を縫う、ということは同じように縫製も難しくなり何処でも縫えるわけではない。
糸調子や縫う方向、順番も考えながら丁寧に仕上げていく。生地が薄いので透けて見えてしまう縫い代にまで気を使っている。
例えば前立て縫い代部分は1cmで縫った後、3㎜カットし出来上がりを7㎜で仕上げていく。そのほうが透けた時の縫代の幅がデザインに調和するし直前で3㎜カットすることで糸ほつれが目立たず美しいですよ、と縫製工場が提案してくれた。当たり前のことだがよいお洋服というのはデザイナーやパタンナーだけではなく工場の存在がとても大きい。
よい工場は私たちが想像出来なかった仕様を現場で考え、フィードバックしてくれたり縫い代の一件のように提案もしてくれる。
ブランドではアイテムの特徴を踏まえそのお洋服が得意そうな工場にリピート(同じアイデムを同じ工場に依頼する)で縫製を依頼しているが二重シャツも同様だった。
私はアパレルに就職したことがなく、縫製仕様書の書き方も知らないところからブランドを始めたのでそういった基本的なこともすべて工場から教わってきた。
二重シャツを縫っている工場はブランドを始めて一番最初に電話をかけ、初めてお洋服を縫ってもらった工場だった。女性3人だけの工場というよりは工房というような佇まいだったけれどフルオーダーから始めた歴史からか上ってくる製品はどれも大変美しい仕上がりだった。
アトリエに納品されたお洋服がずらっと並ぶ姿は清々しくて、同じ製品のはずなのに不思議と1着1着が自立していて「個人」という言葉が私の頭に浮かんだ。この工場は量産品という感覚より1枚1枚と丁寧に向き合って縫製してくれていたので、同じもののはずなのに並んでも別のように感じる特別な美しさがあった。
こんな仕事をしてくれる工場はほとんどなく私にとって特別な存在だった。


アトリエ 物が生み出される場所



しかしオーナーの方の高齢化と体調不良から昨年2021年をもって工場を廃業された。
最後に縫っていただいたシャツはほとんど完売している。
別の取引工場もとても腕が良く、工場を変更することは出来るのだけど私の思い入れが強かったのかすぐに工場を変更する気持ちになれず少し生産をお休みすることにした。
デザインを生み出して7年ほどか、生地や仕様のことも改めて考える良い機会のように感じていて、また生産が決まった際はご案内させていただこうと思う。

どのように変化するか分からないけれどまたお袖を通していただけると嬉しい。その日まで自分の中の変化も踏まえ最上の形で発表したい。

Author

池邉祥子 / Shoko Ikebe